集合的無意識に近づきたい

社会の底辺で生きる高齢ド素人が《ミスiD》オーディションに応募した経過を綴ります。面白ネタも書きます。

ミスiDオーディションを振り返る

9月15日、講談社主催のアイドルオーディション『ミスiD2018』のファイナリスト進出者が発表されました。残念ながら、私の名前はありませんでした。5月から9月まで続いた、私のミスiDの活動は、幕を閉じたのです。

しかし、ミスiDオーディションは、私に、たくさんの苦しみと喜びをもたらしてくれました。そんな貴重な体験を、少し、振り返ってみようと思います。

 

 

 

 

『ミスiD2018』を受けた理由

ミスiDを受けた理由は、3つあります。(詳しくは、こちら★にも書いてあります) 

 

表現することに挑戦したかった

私は、今まで、ブラック企業に3回就職しましたが、どれも心身ともにボロボロになり、短期で辞めています。昨年、3度目の退職で、ひどく身体を壊し、半年間家に引きこもりました。その間、家で稼げる仕事として、ライター業を開始。同時期に、苦しかった経験を形にしたいと思い、漫画を描きました。すると、今年2月に、その漫画で賞をいただくことができ、「やっぱり、私は表現をしていく人間なんだ」と確信のようなものを持ちました。

そこで、発見したのが、ミスiDオーディション。『自分のすべてをネタにして生きること』をモットーにしていた私は、表現の幅を広げたい!という強い気持ちを感じ、応募したのです。

 

自身のコンプレックスと向き合いたかった

『ぼっちが世界を変える』というミスiDのテーマを見たとき、これだ!!!と思いました。

私は、学生時代に”暗黒ぼっち時代”を過ごし、周囲の子たちと話すことができず、〈暗い自分〉にコンプレックスを感じていました。大学デビューで〈明るい自分〉になるも、今度は「暗い私もいるのに、本当の自分を見てもらえない」というアイディンティティの葛藤に苦しみました。〈暗い自分〉になることがこわくて、人からつまらない、暗いと思われたくなくて、〈明るい自分〉ばかり押し売りしていたのです。しかし、『ぼっち』のテーマを見て、「自分の最も嫌な部分をさらけ出すことで、コンプレックスを解消できるかもしれない」と考えました。このオーディションなら、”最低”だったものを”最高”にできるかもしれない。そう思ったのです。

 

お金を稼ぎたかった

「表現が~」「コンプレックスが~」と言っていますが…最も強い動機は、お金です(笑)私は、フルタイムでは働けません。就職に3回、心身を壊しながらも、必死で挑戦をしましたが、企業というものに、自分は全く合わないことを知ったのです。なので、とにかく手に職をつけたい一心でした。オーディションに受かれば、なにかしらメディアのお仕事をいただけるかもしれない。「できる範囲のことで、なんでもやろう」と覚悟していました。また、家計を支えたい、という理由もありました。家庭内である事情ができてしまい、平穏な実家生活にも、タイムリミットがあることを、強く実感したのです。一刻も早く、お仕事をもらい、経済力がほしい。そのような気持ちがありました。

 

 

死ぬ気で自分をさらけ出せ

偽りの自己PR

最初、ミスiDに応募する自己PRには、「ぼっちが、努力して明るくなって、リア充になった」というサクセスストーリーを書きました。『ぼっち』がテーマだというのに、ぼっちを否定する内容だったのです(笑)

知り合いの方から、それを指摘してもらい、考え直しました。いや、考え直した、というレベルではありません。自分自身の最も嫌な部分と向き合わなければならず、さらに、その嫌な部分を、ある程度まで肯定的にとらえる必要があり、その実感をありのまま文章化しなければならなかったので、とても苦しい作業でした。そして、自分の中で100%納得のいく自己PR〈こちら〉ができたのです。

 

 

不安を持ちつつ、入念な準備

 

そんな努力が実ったのか、書類審査に合格したメールが届く。夢だと思いました。

結果通知の終了日ギリギリに送られてきたので、もうだめだろうな…と半ば諦めていたところでした。

2次審査は、写真撮影と自己PR動画。この動画撮影が、かなり難問でした。私は、最初、街コンに50回以上参加した経験を生かしたいと思い、『街コンあるある』の紙芝居をやろうとしていました(笑)オーディションの自己PRでは、何かすごいことをやらなければいけない…!という固定観念があったのです。

しかし、過去ミスiD受賞者の動画を見ると、確かに歌やダンスといった特技を披露する方もいましたが、普通に自己紹介をして終わり、といった方が多かったのです。その分、個性が出ていなければならないのですが、私は自分のスキルを活かして、「ぼっち歴史を紙芝居にしよう!」と思いつきました。

ところが、上手く作れるだろうか…という不安から、作業を先延ばしにしてしまい、完成までに2週間もかかり、撮影の当日に出来上がりました(笑)セリフは3日間で50回以上練習し、台本なしで読めるようにして、当日はカラオケに行って声の調子を整えました。

 

 

こっちを見ろ!!!

2次審査当日…実は、具合が悪く、歩くのもふらふらの状態でした。しかし、カラオケに行き、メイクをしてもらい、講談社の会場に近づくにつれて、だんだん気分が上がってきたのです。体調が悪かったので、他に意識がいかない分、全力で紙芝居をするコンディションになっていました。

会場に到着し、スタジオに入ると、スタッフの方が「あ!そのTシャツ()知ってる!!」と声をかけてきてくれました。また、カメラ撮影を順番待ちしているときも、「緊張してますか?大丈夫ですか?」とお気遣いをしていただけました。

*私が某雑誌の某企画に参加したときにいただいたTシャツ。リリー・フランキーさんが考えた「バニーガールおじさん」が描かれている。

 

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ミスiD実行委員長・小林さんの計らいで、緊張している参加者のため、フレンドリーに接するように、スタッフの方たちは動いてくれていたようです。本当に助かりました。緊張で身体がこわばり、声が出なかったので…。楽しくお話しできたおかげで、リラックスできました。しかし、自己PR撮影のスタジオに入る直前に、スタッフの方が気になる発言を。

「自己PR撮影のスタジオは、殺伐としているみたいですよ」

えぇ~~~~…!? また身体が硬くなりました。恐る恐るスタジオに入ると、お言葉通り。空気が冷たい。

この時、午後8時半。

審査員にとっては、朝から審査をしているので、とても疲れている時間帯でしょう…ほとんどの審査員は、参加者の方を見ず、机とにらめっこしていました。撮影の順番待ちをしている間、4~5名の自己PRを見ましたが、自己PRになっていない自己PR(私が最初に考えた街コンあるあるみたいな)や、普通のオーディションで行う自己PR(ミスiDに合っていない)がほとんどだったのです。見飽きてしまったせいもあるのでしょう。だから、絶対にこちらを振り向かせたくて、ド緊張で心臓がバクバクいっていたのですが、

こっちを見ろ!!!

と言わんばかりに、全身全霊を尽くして紙芝居をしました。

 

youtu.be

 

すると、だんだん審査員の方が顔をあげ、ついに全員の方が私のほうを見て紙芝居を聞いてくださいました。ある女性の審査員の方は、始終笑顔で、こちらを見ていてくれました。一人一人の審査員の顔を見る余裕があるくらい、私は安心して、セリフを言うことができました。

紙芝居が終わると、小林さんと他の審査員からいくつか質問をいただき、自己PRは終了しました。その時の自分の力をすべて出しきり、大納得のパフォーマンスができました。

そして、その努力が実り、ミスiDセミファイナリストになることができたのです。しかし、試練はここからでした…。

 

 

自撮りにびびる

〈ミスiDを受けた理由〉にあるように、私は、切羽詰まった心境で、オーディションに応募しました。そして「ミスiDに落ちたら死ぬ」と、極端な考えを持っていたのです。

ミスiDセミファイナリスト(以下:SF)に進出すると、アイドル応援アプリ『チアーズ』を使って、一般投票が開始されます。写真投稿や動画生配信を行い、ファンや審査員にアピールを行います↓

cheerz.cz

 

私は、2次審査時に手応えを感じていたので、「たぶん大丈夫だろう」と思いつつ、落ちたらどうしよう、と非常にそわそわした気持ちで、結果を待っていました。なので、SFになった後、「アプリを使ってなにかする」という認識しか、ありませんでした。そして、ミスiDSFになり、『チアーズ』の詳細を確認したとき、

これは…無理!!

と、正直、思ってしまったのです。『チアーズ』を開くと、かわいい自撮り写真がズラッと並び、中には、現役アイドルの人もいる。生配信を始めて、ファンの人と交流をする参加者もいる。

 

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私は、ほぼ自撮り経験をがありません。試しに撮影するも、『チアーズ』に投稿している人のように、かわいく撮れない。現役アイドルの人は、すでに多くのファンがいるので、一般票もどんどん集まる。一般の参加者も、若い人は、たくさんの票が集まる。私の初投稿では、周囲の参加者の、半分の半分以下の投票しかない。生配信なんて、知らない人を前にして、何をしゃべればいいかわからない。

 

…完全にびびっていました(笑)

だから、他の参加者よりも、2週間遅れで『チアーズ』を開始する羽目になりました。

 

 

〈したいこと〉と〈求められていること〉の葛藤

 

SFになり、私は、ブログを開始しました。文章でアピールしようと考えたのです。多い日では、200を超えるアクセス数(私の中では多い)を獲得し、SFになって1週間で、1000アクセスいただきました。でも、いくら記事作成をがんばったところで、大きな評価の対象にはなりません。大部分は、『チアーズ』やTwitterでの活動を、審査員は見るのです。

それで、大恥をかこうという決死の覚悟で、自撮りを投稿するようになりました。50~100枚近く連写し、美顔アプリを使用すれば、奇跡の一枚を撮ることができました。動画配信も、トピックを紙に書いたものを見ながら、話せるようになりました。

しかし、慣れていくにつれて、モヤモヤ感情が芽生えました。”かわいく見えるような自撮り”を披露しても、それは、私の実際の姿ではない…。そんな写真を見せて、一体なんの意味があるんだろう?動画配信では、ありのままの自分で話せるようになってくるも、地味な話ばかり。観客のみなさまは、もっと、かわいらしい話題や、華やかなものを求めているはず。

 

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↑SNOWアプリを使用。こんなに目は大きくない。肌も白くない。

 

〈自分のしたいこと〉と〈相手から求められていること〉のギャップを、感じずにはいられませんでした。その悩みを、知り合いの方に相談したところ、「チアーズは、本当の自分が…なんて、深い意味を追求するところじゃない。どれだけのファンを捕まえられるか、っていうただの陣取り合戦なんだから」とアドバイスを受けました。なるほど~…と思いつつ、自分の中で違和感を覚えながら、自撮りを投稿・動画を毎日配信する日々を、1週間半ほど過ごしました。

 

”人前に立つ”ことは、それなりの労力をつかいます。ましてや、私は、根っからの自意識過剰。どう見られているのか?好ましく思われるためには、どうすればよいのか?そのようなことばかり考えていました。そこで、とりあえず、徹底的行動主義の私は、目標を作りました。

*ちあストを毎日3回配信

*チアーズで10枚くらい写真投稿、

Twitterで数時間に1回つぶやく

*ミスiD参加者全員と絡む

など。そして、すべてを実行しようとしたのです。しかし、そんなたくさんの目標をこなせるはずもなく…。自分を責める気持ちばかりが強くなり、精神も身体も限界を超えたところで、思考停止状態に陥ってしまいました(笑)

 

 

苦しみから見えてきたもの

「何かをしたい」という意欲は消え、ほとんど家から出ず、布団の中で過ごしました・死にたい願望が思考を支配され、完全に、抑うつ状態でした。かろうじて、チアーズやTwitterに文章を書くも、暗い内容ばかり。最悪でした。

そのような状態が1週間ほど続き、ようやく食欲が出始めてきたころ、ふと思いました。「自分が本当にやりたいことはなんだろう?」一旦、ミスiDの活動は置いといて、自分の心がわくわくすることは何だろう、今までの経験を生かせることは何だろう…。そこで、改めて「漫画だ」と思いました。

しかし、私は、物語の力は信じていますが、自分が物語を作るのは、苦手でした。なので、ストーリーやシナリオ構成についての本を、読み漁るようになりました。ある本で〈物語は、感情的体験を見る人に提供することだ〉という一文を発見し、

これだ!!!と直感しました。

 

www.amazon.co.jp

↑脚本だけではなく、自分の人生についても考えさせられる本。

 

それから、文章を書くとき、ツイートするとき、動画配信をするとき、「私の言葉を受け取った人に、何を感じてもらいたいか?」をいつも考えながら、発信するようになりました。すると、とても楽しいのです。自分の気持ちを、ただ羅列するよりも、ずっと心地よい。相手の満足を考えた発言をすることで、ネガティブな言葉は、段々なくなっていきました。

 

 

人生のテーマ

 

「何を感じてもらいたいか?」を考えるとき重要なことは、〈テーマ〉です。漫画を描くとき、文章を書くとき、そして、人生を生きるとき。そこには、何かしらのテーマが潜みます。例えば、大まかに言えば、愛、友情、裏切り、信頼…などです。

私の人生のテーマ。それは「苦しみを、表現によって昇華させること」でした。漫画や文章以外でも、自分ができる表現を最大限使っていくこと。自分のすべてをネタにして生きること。自分の苦しみを、他人と共有すること。大切なものを、他の誰かに譲っていくこと。改めて、自分自身の生き方を再確認したのです。

 

なので「ミスiDに落ちたら死ぬ」という考えもなくなりました。実際、落ちたとき、それこそショックでしたが、瞬間的なものでした。ミスiDオーディションは、ただの通過点。落ちたら、次のステージに向かって、進んでいくだけです。

また、ショックが瞬間的に終わったのは、ミスiDを通して得たものが、あまりに大きかったのです。十分すぎたのです。このことについては、〈なにものにもかえがたい貴重な体験〉にも記述します。

 

 

 

敗者復活戦に出なかった理由

 『敗者復活戦』の開催を知ったとき、「へぇ…」としか思えませんでした。復活戦は、一般票のみで決まります。競争です。票数においては、私は100%負けます。負けることがわかっている試合に、出たくありません。そもそも、”試合”をしたくなかったのです。また、ミスiDに落ちても、これから自分のやるべきことが見えていたので、「ファイナリストになろうが、なるまいが、どちらでもよい」と思っていました。

 

さらに正直に言うと、”ミスiDは、私を求めていない”ことを感じていました。一般票で人気のある人、注目を浴びている人、審査員に好まれている人…SNSの反応を通して、私は大体の〈ミスiDー自分の位置付け〉を、把握するように努めていました。常に「ミスiDにおける自分の役割はなにか?」を自問自答しました。そして、結果を見て「ミスiDとして、自分の道はここまでだな」と納得したのです。

 

結果発表がされるまでは、私は、かすかな望みを持っていました。一般票で10位以上の人は、自動的にファイナリストに進めますが、11位以降の人は、一般票と審査員の推薦枠で決められます。「もしかしたら、がんばった姿を審査員の方にお見せすれば、推薦で通るかもしれない…」しかし、それも期待外れに終わりました(笑)私のミスiD物語は、ここで終了したのです。

 

一つ、心に残ってしまったのは、私がミスiDに落選後も、チアーズで投票をしてくださる方がいらっしゃったことです。もしかしたら、私が復活戦に出場することを期待していたかもしれません。「せっかく応援したのに」と、残念な気持ちを抱かせてしまったかもしれないのです。もし、そのように思われてしまった方がいれば、本当に申し訳なかったです。

 

なにものにもかえがたい貴重な体験

 

応援してくださる方がいた

必死でミスiD活動をする中で、応援してくださる方がいたのは、何よりも心の支えでした。

私が落ち込んでしまい、SNSを更新できない間も、一般票を入れ続けてくれた方。動画配信で、自信のない私に、励ましの言葉をかけてくれた方。自分自身について悩む私に、共感のツイートをしてくれた方。リアルのつながりがあり、私がミスiDに参加していることを知って、わざわざ応援メッセージをくれた方。ミスiDに受からなかったのに、これからも応援している、と言ってくださった方。

私がミスiDの活動ができたのは、応援してくださる方の存在が、あったからこそです。私からの刺激に対し、しっかり反応してくれる方がいなければ、私はここまで進んでこれませんでした。〈応援される側ー応援する側〉の関係を、こんなにダイレクトに感じることができたのは、初めての経験でした。”アイドル”の良さが、わかった気がしました。

 

苦しみを共有できる大切な仲間ができた

ミスiDで出会った方は、私と同じ”ぼっち”体験をしていました。自分の気持ちを誰にも伝えることができない。人と打ち解けられない。周囲から浮いてしまう。控えめだから、明るい人たちに憧れる…ミスiDの方たちは、私の話にとても理解をしてくれました。逆に、私も、ミスiDの方の話を、とても共感して聞くことができました。

私にとって、人生で最も苦しかった時期は、暗黒ぼっち学生時代。まさか、あのとき、ひとりぼっちで抱えていた孤独や苦しみを、この年になって見つめ直し、誰かと共有できるなんて…全く想像していないことでした。心の底から、嬉しかったのです。

 

 

自分を受け入れ、まっすぐに人と向き合えるようになった

 

動画配信をすることで、コンプレックスだった〈暗い自分〉をさらけ出し、ありのままの自分でいても、抵抗を感じなったのです。ここで大切なのは、〈暗い自分〉を受け入れてくださった方(*3)がいた、ということです。

「地味だ」「つまらない」と言う方がいるのではないかと、毎回不安を抱えながら配信をしていたのですが、そのような方は一人もいらっしゃいませんでした。暖かく見守ってくださった方に、改めて感謝いたします…。

また、ミスiDで、自分と似ている方と仲良くさせていただいたのも、〈暗い自分〉を受け入れる上で、大切な経験でした。

*4…動画配信では、視聴者が画面上にメッセージを送ることができるので、配信者と会話のやりとりをすることが可能。

 

今では、〈暗い自分〉〈明るい自分〉の区別は、ほとんど意識していません。

「明るく思われちゃったら、今度は暗い自分も見せなきゃ…」

「明るい私を期待されたら、テンションが低い時も、明るく振舞わないといけないのか…?」

と、以前は思っていました。しかし、『本当の自分をわかってもらいたい』というのは、おこがましいのではないか…?と考えたのです。ジョハリの窓*4)が示すように、自分だけしか知らない自分もいれば、自分にもわからない自分もいます。

 

そもそも、本当の自分というものがあるかどうかも、わかりません。なので、「暗い自分が本当で、明るい自分は嘘で…」という考えは、少し変なのです。暗い明るいは、結局、自分の一部分にしかすぎないのです。

 

じゃあどうすればいいかというと、素直な自分でいることです。ありのままでいい。これは、大変な苦痛を与えられるので、大変難しいことなのですが、私はミスiDの経験を通じて、それを学ぶことができました。

大切なのは、自分が好きだと思う人に、わかってもらえる人に出会った時に、自分を伝える努力ができるか?だと思います。大切な友人は数人で十分で、あとは顔見知り程度の関係なのです。顔見知りレベルの方にどう思われようと、気にする必要はなく、「いつもと違うね」と言われたら、「そういうときもあるんです」と流せばいい。

そんなことより、自分が「この人好き!」「わかってもらいたい!」と思えた相手に、意識を向ける方が、何十倍も価値があります。なので、そう思った相手には、自分の素直な気持ちを、できる限り言葉や態度にして接することができるようになったのです。暗い明るい、ではなく、自分という存在を感じてもらおう、と。

 ミスiDという治療的行為は、私に大きな癒しを与えてくれたのです。

ジョハリの窓…コミュニケーションにおける自己のあり方を4つに分類したもの。「オープンな自分」「自分は知らないが、他人からわかる自分」「他人に隠している自分」「他人にも自分にもわからない自分」がある。

 

 

最後に感想

ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。かなりの長文になってしまいました。まだまだ書きたいことは出てくるのですが、ここらへんでやめにしておきます。そのくらい、ミスiDは、私に様々な感情をもたらし、経験をさせてくれました。ミスiDに参加することができ、心からよかったと感じます。最後に、応援してくださった方、私を選んでいただいた選考委員のみなさま、本当にありがとうございました。

 

森本ゆか